震災から13年の「BONDS UP DAY」こういう日にプレーができて幸せ 福島ファイヤーボンズ 田渡凌
3月9日10日にかけて福島県須賀川市の円谷幸吉メモリアルアリーナで行われた福島ファイヤーボンズ(以下・福島)対越谷アルファーズ(以下・越谷)。11日に東日本大地震から13年を迎えたのを前に今年も「BONDS UP DAY」として開催され、試合だけでなくバスケットボールを通して防災意識向上を目指す「ディフェンス・アクション」というBリーグのオリジナルプログラムも実施された。さらに両日、歌手の大黒摩季さんがライブパフォーマンスを披露し会場を熱く盛り上げた。
9日に行われたGAME1、福島は#78田渡凌と#88グレゴリー・エチェニケがともに14得点、合わせて4選手が2桁得点と活躍し84-80で勝利した。
栗原貴宏ヘッドコーチ(以下・HC)は試合後の会見で、「これまでは逆転されると盛り返せずに負けてしまった試合がありましたが、今日は一度逆転されても我慢して勝ち切れたことがチームとして良かったと思います」と振り返った。
しかし残念ながら翌日、GAME2では4クォーターに5点差まで追い上げるも越谷が意地を見せ、逆転勝利とはならなかった。栗原HCは、「越谷が最初からハードにくるのは予想し、受け身にならないよう構えていたがインテンシティの高さに押され、相手のビッグラインナップに対し対応が遅れ、自分たちが戻るよりも先に速い攻撃で得点を許してしまいました。チームとしては良い時間帯もありましたが波なくゲームを遂行できるかが大切」と悔やんだ。
両日、会場には3,022人、3,078人と3,000人を越えるファンが詰めかけ、クラブ最多入場者数を更新した。GAME1敗戦後、越谷の安齋竜三HCは、「会場の雰囲気が良く、そこに舞い上がってしまった選手もいました」とコメントをするほどだった。栗原HCは、「本当に大きな後押しになったと思います。今日はフリースロー成功率が越谷さんは10/21で47%、うちは12/13で92%。こういうところに、メンタルの影響がすごく出ると思うので、ファンの方の雰囲気が越谷さんのシュートを外す手助けになったんじゃないかなと感じます」と語った。
選手は赤べこモチーフの3rdユニフォームを、コーチ、スタッフ陣はBONDS UP Tシャツを着用し試合に臨んだ。
そんな最高の雰囲気の中行われた「BONDS UP DAY」を前に、福島県郡山市出身である栗原HCは選手たちに、「『BONDS UP DAY』だからと意識しすぎなくていい。でも自分たちの諦めない姿勢などは絶対に見ている人たちに伝わる」と声をかけていた。
今シーズン加入、キャプテンとしてチームを牽引する田渡にはそんなHCの言葉が響いていた。
「福島でプレーする以上、ホームアウェー関係なくその気持ちは常に見せ続けないといけないし、それがまだまだ自分たちは足りないと思います。この日をきっかけに、残りの試合でどれだけもっともっとその思いを見せていけるかがチームにとって大事なのかな」と感じた。
田渡は、福島に加入する際、「なぜこのチームができたのか説明を受けました。理解した上で、常に心に置きプレーをすることがすごく大事だと思っています」と、既に福島のチームが果たすべき使命を理解し日々の試合に臨んでいる。チームで東日本大震災・原子力災害伝承館へ行き語り部の方の話を聞く機会もあった。「『ボンズの試合に来て元気をもらい乗り越えられました』という話を聞き心に残っています。そういう人たちがこの体育館に来ていると思いながら今日は戦いました。復興がすべて終わっているわけではなく、これからも続いていくもの。この福島でプレーする意味や、応援してくださる人たちの中に被災された方がいることも理解して、今プレーをしています」と振り返った。
試合中、田渡はこんなことを感じていた。
「BGMを流さない中で聞こえるディフェンスのコールやオフェンスのコール。『GO!GO!BONDS!』という声を聞いて鳥肌が立ちましたし、福島に来て本当に良かったなと思いました。必ず勝ちたい、この人たちのために勝利を届けたいという気持ちにさせられました」
田渡は、2022-23シーズンは熊本ヴォルターズに所属していた。熊本県も2016年、熊本地震で大きな被害を受けている。昨シーズン、当時大きな被害を受けた益城町で、震災後初めて試合が行われた。試合を前に、熊本でも被災された方から話を聞いたという。
当時の話を聞き、「どれくらいチームが震災時に地域の中心となり、みんなに元気を与えてくれたのか理解しました。僕は来たばかりの選手でしたが、先代の選手たちがいたから自分たちも憧れの目で見られていると思いました」と、熊本での経験が今、福島での姿勢やプレーに繋がっている。
先日、スーパーで声を掛けられたという田渡は、「僕を応援してくれていることもあるけれど、これまでの10年、福島ファイヤーボンズでプレーしてきた選手、コーチ、支えてきた人たちが価値を作り上げたと思うので、こういう日にプレーができて幸せです」と、丁寧に言葉を紡いだ。
2023年12月、シーズン途中でHCに就任した栗原HC。就任当初、「オフェンスもディフェンスもベースのところがまだない印象なので、シーズン中だからあまり詰め込みすぎないよう配慮しながら。基本はディフェンスだと伝えていきたい」と語っていた。これまでに「あの時にやりたいと思っていた最低限のところはできているかな」と評価している。
田渡は、「自分たちがやらなければいけないことがあやふやだったので、栗さんが明確にしてくれました。それでも時間が足りず、練習で全てを直せるわけではなく試合中にも自分たちの欠点ややらなければいけないことに意識を持って取り組むことができるようになっています。ベース作りという部分で、まだまだ徹底しきれていない部分はありますが、栗さんが大切にしているディフェンスからという部分はすごく意識しています。#3 加藤(嵩都)も前からプレッシャーをかけていました。ガード陣は特に背中でプレッシャーをかけることから始まるというところを、みんなで共通理解として持ってできているのは、ベース作りが少しずつ形になってきたからだと思います」と、チームの変化を感じている。
試合中、栗原HCは選手たちと密にコミュニケーションを取っていた。「話しやすい環境を作ってくれていて、どうやったら勝てるのか栗さんも考えてくれるし、自分たちにも考えさせてくれます。栗さんに勝っているチームのコーチでいてほしいという思いをみんな持っているはず。地元で相当な思いでやられているのを知っています。みんなで、みんなのために、 一人一人のために、お互いのために勝ちたいという集団を作ることができているのではないかな」と、田渡は話した。初めてHC業に挑戦する栗原HCにとっても心強い存在、言葉だろう。チーム内の絆は強まっている。
越谷戦を終え、19勝28敗、東地区5位の福島。プレーオフ進出に向けて勝ち星を増やしていきたい。GAME1終了後、取材に応じてくれた田渡は、「一番大事な目の前の試合で負けられない、プレーオフに行きたいという部分をみんなで表現できたんじゃないかな」と話していた。
「まず、プレーオフの出場権を手に入れること。そうすれば、何が起きるか分からないです。実際に今年はどのチームにも負けてはいるけど、勝ってもいます。だから必ずチャンスは出てくると思います。シーズンのスタートでモタついた部分はあるけれど、そこからの巻き返しは、どこのチームにも負けない自信があります。みんなの思いや、練習の姿勢、試合に対する準備を見ても、選手もコーチも誰一人諦めていません。その思いが実るように、自分ができる精一杯のことをやりたいなと思いますし、必ずみんなで笑ってシーズンを終わりたいです」
取材の最後、そう、田渡は決意を語ってくれた。
福島への思い、理解を胸に、チーム、そして福島と向き合い戦う姿勢に感銘を受けた。まるで長く福島でプレーをする選手のようだった。チームにも、地域にも新たな風を吹かせてもらいたい。そして仲間とともにプレーオフに進出してもらえたらと思う。
〜取材後記〜
試合前とハーフタイムに登場した大黒摩季さん。会場は大興奮に包まれた。試合中にチームに声援を送るだけでなく、試合後にはチームとともに募金活動へ参加しファンとも交流している姿が印象的だった。カラオケで歌う大好きな歌手の方」という田渡も「そんなことまでしてくださるのかと驚きました。でもファンの方にとってもまた一つになるいいきっかけになり、みんなのいい思い出になったのではないかと思います」と喜んだ。
福島スポーツエンタテインメント株式会社の西田創代表取締役社長も「私たちのルーツ、アイデンティティが、地域への貢献、地域の活性化、地方創生そのものです」とコメントしていたが、今回の「BONDS UP DAY」を通して多くの方々が笑顔になりクラブと一つになる時間となったことだろう。田渡が語る通り、震災復興は終わっていない。今年1月1日にも能登半島地震が発生した。改めて、プロスポーツチームの存在意義、価値、可能性を感じる2日間となった。