契約第1号がヴェルカと刻んだ5年 長崎ヴェルカ 松本健児リオン balltrip MAGAZINE(ボールトリップマガジン)

契約第1号がヴェルカと刻んだ5年 長崎ヴェルカ 松本健児リオン

balltrip MAGAZINEが初めて彼と出逢ったのは、2021年4月のことだった。
クラブ創設後、契約第1号の選手として、長崎市にある名所「グラバー園」で待つ私たちの前に現れた。長崎と契約する以前は、プレーするクラブが無いという挫折すら味わっていた。だからこそ、当時の彼からは期待だけでなく、どこか自身を奮い立たせているような雰囲気も感じた。

あれから5年。
彼はB.LEAGUE FINALSの舞台にいた。

契約第1号がヴェルカと刻んだ5年 長崎ヴェルカ 松本健児リオン balltrip MAGAZINE(ボールトリップマガジン)

長崎ヴェルカ 背番号1 松本健児リオン

「ミスターヴェルカ」の愛称でも親しまれている松本は、1勝1敗で迎えたGAME3を前に、「リバウンドとディフェンスが大事。そこから走って、ヴェルカスタイルをしっかり体現すれば、絶対に勝てると思います」と、力強い言葉を述べていた。

契約第1号がヴェルカと刻んだ5年 長崎ヴェルカ 松本健児リオン balltrip MAGAZINE(ボールトリップマガジン)

迎えたGAME3、長崎は終始リードを保ちながらも、後半に琉球ゴールデンキングスも意地を見せ追い上げたが、それでも最後まで踏ん張り抜いた。72-64と勝利した長崎は、クラブ創設当時から掲げていた「5年以内での優勝」を見事達成してみせた。

契約第1号がヴェルカと刻んだ5年 長崎ヴェルカ 松本健児リオン balltrip MAGAZINE(ボールトリップマガジン)

激闘を終え、歓喜の瞬間を仲間たちと味わった。松本は、優勝の瞬間を興奮気味にこう振り返った。
「なんだろう、感動というか達成感というか。なんだかわからないんです。これまでのことを色々思い返して、本当になんとも言えない感情になりました」

契約第1号がヴェルカと刻んだ5年 長崎ヴェルカ 松本健児リオン balltrip MAGAZINE(ボールトリップマガジン)

長崎が昇格するまで、B1リーグでプレーしたことはなかった。クラブとともに努力し誰よりも成長してきた。だからこそ、元NBA選手のスタンリー・ジョンソンや日本代表の馬場雄大、韓国代表のイヒョンジュンらが顔を揃えるチームの中でも、短い時間ながらもFINALSのコートに立っていたのだ。

契約第1号がヴェルカと刻んだ5年 長崎ヴェルカ 松本健児リオン balltrip MAGAZINE(ボールトリップマガジン)

「僕は、毎年毎年成長しようと目標を持ち続けてきました。それが身を結んだことはすごく嬉しいです。昨シーズンの後半から今シーズンにかけてはプレータイムも少ないのですが、その中でもしっかりと自分の役割を全うできたと感じますし、また違った形でチームにいい影響を与えられていたかなという手応えがあり、すごく良かったです」
そう語る松本は、充実感に溢れ瞳が輝いていた。

契約第1号がヴェルカと刻んだ5年 長崎ヴェルカ 松本健児リオン balltrip MAGAZINE(ボールトリップマガジン)
契約第1号がヴェルカと刻んだ5年 長崎ヴェルカ 松本健児リオン balltrip MAGAZINE(ボールトリップマガジン)

当時、ゼネラルマネージャー(以下、GM)兼ヘッドコーチだった、現・伊藤拓摩社長兼GMから届いた「プレーを観たいからトライアウトに来ないか」という誘いが全てのはじまりだった。
クラブや伊藤社長兼GMだけでなく、共に創設時から長崎でプレーをし今シーズン限りで引退となる狩俣昌也らへの想いを聞いた。
「心から感謝しています。皆さんのおかげで、今の自分がいるので、本当にみんなに感謝しています」
松本は何度も「感謝」という言葉を口にしていた。その想いがあるからこそ、ずっと努力しチームへの貢献を続けてきたのだろう。

契約第1号がヴェルカと刻んだ5年 長崎ヴェルカ 松本健児リオン balltrip MAGAZINE(ボールトリップマガジン)
契約第1号がヴェルカと刻んだ5年 長崎ヴェルカ 松本健児リオン balltrip MAGAZINE(ボールトリップマガジン)

5年前、長崎に引っ越す前の彼は、「自分の持てる全てを出し切りたい。長崎でキャリアを終わらせるつもりで僕は来る。言い訳のできない環境で結果を残すだけ」と、覚悟を決めていた。契約第1号の選手は、この先も松本ただ一人。その名は一生残り続ける。
「その分ふさわしい仕事をしたい」との言葉通り、彼は長崎を代表する選手になっていた。

契約第1号がヴェルカと刻んだ5年 長崎ヴェルカ 松本健児リオン balltrip MAGAZINE(ボールトリップマガジン)

目標の一つに掲げていた、地域貢献。「子供に夢を与えながら地域を盛り上げられることをしたい」と話していた。今や、夢や希望を届けているのは、子供たちだけではない。クラブ創設時からともに駆け抜け、どんな時もその名を背負ってきた松本の姿は、多くの県民の心を動かしていた。

契約第1号がヴェルカと刻んだ5年 長崎ヴェルカ 松本健児リオン balltrip MAGAZINE(ボールトリップマガジン)
歓喜に包まれたB.LEAGUE FINALSのコート。その場所に立っていたのは、クラブとともに一歩ずつ道を切り拓いてきた選手だった。その姿が、どれほど感慨深いものだったか。
あの日、グラバー園で出逢った契約第1号の選手は、今や長崎ヴェルカというクラブを映す存在になっていた。

契約第1号がヴェルカと刻んだ5年 長崎ヴェルカ 松本健児リオン balltrip MAGAZINE(ボールトリップマガジン)

文:木村英里
写真:オガワブンゴ

過去の記事

長崎ヴェルカ ユニフォームデザイン発表イベント(2021年4月12日配信)
https://balltrip.net/article/20210412-1/

[FOCUS 長崎ヴェルカ] 松本健児リオン インタビュー VOL.1(2021年5月5日配信)
https://balltrip.net/article/20210505-1/

[FOCUS 長崎ヴェルカ] 松本健児リオン インタビュー VOL.2(2021年5月7日配信)
https://balltrip.net/article/20210507-1/

その他の長崎ヴェルカの記事はこちらから

関連記事一覧