川崎ブレイブサンダース ニック・ファジーカス ホーム最終戦「ここに来ると決めた判断は僕の人生の中で最も良い判断だったと思います」
4月28日、川崎市とどろきアリーナは大きな歓声と涙で包まれていた。川崎ブレイブサンダース一筋12年、日本代表としても活躍した#22ニック・ファジーカスは、レギュラーシーズン最後のホームゲームに臨み、試合後には引退セレモニーも行われた。
サンロッカーズ渋谷との対戦は、2点及ばなかった。
残り3.5秒。#0藤井祐眞からのパスを受けたファジーカスが放ったシュートが決まることはなかった。77-79、敗戦。
放った瞬間に軌道が外れていて決まらないとわかっていたと試合後に明かしたファジーカス。
敗戦後、「すごく個人的に厳しい状況、現実だったなと思います。あと一歩、あと一勝すればチャンピオンシップに近づける状況下でその一歩を踏み出せない。チャンスを掴みきれないことが続いていて、負けてしまったのは受け入れ難い事実でもあります」と表情を曇らせた。
さらに「ホーム最終戦、このとどろきアリーナで12年間数えきれない試合をしてきて、特別な思いもあります。ここに来ると決めた判断は僕の人生の中で最も良い判断だったと思います。東芝に加入してこれまでの12年でいろいろな良い経験をさせてもらい、すごく思い出深い土地になりました。ここで12年間、過ごせて良かったなと思います」と改めて、最後のホームゲームに思いを馳せた。
敗戦後、#7篠山竜青も会見に臨んだ。
「最後まで粘って粘ってもう少しのところまで勝利を手繰り寄せられそうなところはありましたが、本当に難しい試合になったなと思います。ニックも言っていましたが、最後なんとかシュートまで持って行けましたがもう一歩だったなと。まだ色々と冷静に振り返りきれていないです。非常に残念で悔しい結果になりました」
普段通り丁寧に言葉を並べる篠山だったが、その表情はいつもと違い、悩みながら話し続けていた。
試合終了直後、そして引退セレモニーでも、篠山は必死に感情を押し殺すかのような表情をしていた。会見で心境を問うと、篠山は「僕が川崎に入って13年間のシーズン、僕のキャリアを振り返る時にニック・ファジーカス選手の名前を出さずに語れません」、そう語り始めた。
「僕が入団した1年目はレギュラーシーズン8勝34敗。当時はJBLで1部2部との入れ替えはなかったですが、最下位という非常に屈辱的なシーズンを送りました。その翌年に#33長谷川技と辻直人(現・群馬クレインサンダーズ)、ニックとジュフ磨々道(2017年に引退)が入ってきて、2年目で一気に準優勝まで駆け上がりました。そこからの12年間は一度もプレーオフ、CSを逃したことがなく、何度も日本一を経験させてもらいました。本当にいい経験をたくさんしてきた中で、ここ数シーズンはニックも僕ももちろんそうですが、年齢が上がってきてなかなか若い頃のようには体が動かず。地区優勝ももちろんターゲットにしていたので、そこに届かない。何とかそれでも優勝を目指せるところにいましたし、メンバーは揃っていたと思います。40勝を切ることも少なかったはずです。今シーズンもニック自身怪我があったり、なかなか勝ちが伸びず苦しんで苦しんで。だから、いろいろな思いを巡らせる要因にもなり、整理しきれない部分の葛藤もありました」
さらに篠山はこう続けた。
「この12年間を一言で表すことはすごく難しいですし、良い時も悪い時もあった中で、本当に一つの時代の終焉が着々と近づいているのだなということを感じながら、ニックの言葉を聞いていました。残り2試合あり、まだ(CS進出の)可能性は消えていないので、最後まで。「NICK THE LAST」というキーワードを掲げて、「All-in」というスローガンのもと戦ってきたこのシーズンが、どういう終焉になるのかまだわからないですが、しっかり自分たちで納得のいく形を示すことができればと改めて思います」
言葉を置くように語った。敗戦への無念、より厳しくなったCS出場、そしてファジーカスの引退や時代の終焉を前に様々な感情が込み上げ、処理しきれないながらも向き合う姿がそこにはあった。
渋谷戦、#11増田啓介と#12野﨑零也は負傷のためロスター外だった。#42益子拓巳は、「(最近の試合は)零也さんがスタートで出て、次は長谷川さんが、その次は僕がというローテーションでした。零也さんが抜けるということは自分の出番が増えたり、回ってくるタイミングが早いだろうと準備していました。零也さんほどはできないと分かっていても、いない分もっとハッスルしてチームを盛り上げていかないとなと思っていました。今節は零也さんがいないとわかった時、そこからすぐ切り替えて、この人の分同じ役割をしなきゃなと」と気合を入れた。
ハーフタイムなど、熱心に長谷川にアドバイスを求める姿もあった。「ボールをよく持っている外国籍選手につく中で、足が自分にはあっても、なかなか相手との駆け引きがうまくいかなかったり、スタンスとか体の使い方がまだまだ全然できていません。そこは零也さんとか長谷川さんが上手なので、前半にやられてしまったところをどうしたらいいですかねと聞いていました」と明かした。
練習参加から契約を勝ち取った益子にとって、「こういう状況にならずCSに出られることがチームとしては一番良かったのかもしれないですが、自分がルーキーとして練習生から契約したシーズンの中で、こういうチームの良いところも悪いところもどん底のような経験もできたのは、まだCS出場のチャンスも残っていますし、本当に良い経験ができていると思います」と、成長の毎日だ。益子のベンチからも鼓舞を続ける姿、タイムアウト時に真っ先に飛び出してくる姿も印象深い。「プレータイムが少ないのでそういったところで貢献しないと。プレータイムが5分の時は35分間ベンチにいるので、その35分でできることを常に考えています。いつもベンチに入ったからには盛り上げていけるようにと思ってます」と話す。益子の姿勢はチームの後押しになっているはず。
益子の姿勢はチームの後押しになっているはず。ファジーカスや篠山だけでなく、益子や#37飯田遼らの活躍も次節、レギュラーシーズン最終戦には必要不可欠なのだ。
北卓也ゼネラルマネージャーは、この試合も「いつも通り」ファジーカスのプレーや戦況を見つめていた。ただ、「アリーナの雰囲気がいつもと違っていましたね。クラップも大きくて声援もすごかったので、心が動いたというか感動しました。一緒に戦ってくれているようで嬉しかったです。勝てなかったのは残念ですが、こういう雰囲気を作ってくれたファンの皆さんには、感謝しかないですね」と語った。
「All-in」で最後まで挑み続けるチーム。そこにはファンの後押しも必要不可欠だ。敗れはしたものの、渋谷戦終盤、6点を追いかける川崎は、#0藤井祐眞と#20トーマス・ウィンブッシュのスリーポイントシュートが決まり同点に追いついた。その瞬間をファジーカスはこう振り返った。
「今日の最後の同点のシーン、#20トーマス・ウィンブッシュが決めた時。あの時起きた歓声は、僕がとどろきアリーナでプレーしてきた中で一番の歓声に聞こえました。すごい歓声だったと思います。僕が来た当初は体育館が静かであまり観客が入っていませんでした。そこから、今日みたいな歓声が起きる環境にまで持ってこられました。僕は入団してから退団するまでに何か変えられたのかどうかが非常に大事だと思っています。僕自身が加入してからここまで、アリーナの雰囲気や集客数に少しでも貢献できていたらいいなと思います。そして今日より明日、またその先の未来をもっと良くしていきたいと思っています。だからここまでの道のりは感慨深いものがあります」
日本のバスケットボール界の変化を知る海外出身選手は貴重だ。その中心にいたのがファジーカスなのである。一つのチームの中心選手として12年もの長い期間、活躍し続ける選手はそう現れないのではないか。
ファジーカス来日当初ヘッドコーチだった北GM。彼を東芝へ、日本へ招いた一人だ。
引退セレモニーでファジーカスの言葉を聞きながら、北GMは「最後なんだな」と12年間を振り返っていた。
「東芝当時、本当に、お客さんが全然いない頃からBリーグになり、こんなにたくさんのお客さんが来るようになった過程を知っている外国籍選手はなかなかいないので貴重だと思います。日本代表にもなり、彼のプレーで日本のバスケットボールを変えてきました。ニックは日本にとってもそうですが、東芝、川崎にとって一時代を築いた選手です。そこに関わった一人であったことがやっぱり嬉しいなと思います。ここまで12年もプレーしてくれました。ニックに声をかけて、来てくれて良かったです。やっぱりニックが来てくれて嬉しかったですね」
そうしみじみ語る北GMの姿は印象的だった。
ファジーカスが語った、「ここに来ると決めた判断は僕の人生の中で最も良い判断だった」という言葉。同じように、ファジーカスに声をかけたことは北GMにとっても最良の決断だったのだろう。
会見の最後、ファジーカスは記者陣にこう話した。
「CS希望が途絶えたわけではないです。(レギュラーシーズン最終戦)横浜ビー・コルセアーズ戦は意味ある最後の試合、一番良いパフォーマンスを持っていきたいですし、神奈川ダービーで締め括れるのは光栄なこと。そこで終わるならそれはそれ、続くならそれはそれ。スポーツは何が起こるかわかりません」
5月4日5日、横浜BUNTAIで行われる最終戦。できるなら、ファジーカスのプレーを1日でも長く見ていたい。チームもファンも一丸で、「All-in」で横浜戦に挑みたいところだ。