「スペシャルなチーム」の序章 長崎ヴェルカ
2022年5月1日、長崎ヴェルカ(以下長崎)1年目のシーズンの戦いが終わった。4月30日から長崎県立総合体育館で、今シーズン最終節岐阜スゥープス戦が行われ見事連勝。最高の締めくくりとなった。
前節、アウェー岩手で優勝が決定。このホームゲームでようやくファンへの報告ができた。GAME2終了後、伊藤拓摩ゼネラルマネージャー兼ヘッドコーチは「(45勝3敗という)成績を見れば順調に勝ってきたように見えるが逆境もあった。静岡での初めての敗戦。でも選手たちでミーティングをしてくれて翌週は最高の練習ができた。逆境を成長に変える力がチームにはあった」と今シーズンを振り返った。さらに「ベテランはいつも若手を思いやり、スタッフのことも気にかけてくれた」と語り始めた。
実はこの最終節を前に、ベテランの#10菅澤紀行や#23野口大介は伊藤GM兼HCのもとをそれぞれ訪れていた。「僕は試合に出なくてもいいから若手を出して欲しい」と伝えていたのだ。このエピソードを涙を堪え言葉を詰まらせながら明かす伊藤GM兼HCの姿を通して、このチームが1シーズンに渡って紡いできた強い絆を感じることができた。「思いやりがチームを強くしたし、スペシャルなチームだからこそ応援してもらえる。これからもっと進化して強くなり愛されるチームになる。来シーズンも応援してほしい」と挨拶した。
「最終戦も楽しんでプレーができた」というキャプテン#4狩俣昌也。シーズン開幕前、B1リーグで活躍していた選手がB3リーグに戦いの舞台を移すことは大きな驚きを与えた。彼の存在は、チームをまとめるだけでなくチームメイトの成長にも大きな役割を果たしていた。狩俣だけに限らず長崎の選手たちの存在は、対戦した選手たちにもB1レベルを肌で感じる貴重な経験となったはずだ。そんな狩俣の長崎での物語はまだ始まったばかり。「チームとしての目標を達成できたのでいいシーズンだったが、今シーズンだけではなくまだまだ続きがある、大きなチャレンジの途中」なのだ。来シーズンはB2に昇格し新たなスタートが待っている。「選手として成長したい」という思いを常に抱き歩んできた。「B2は経験したことがないが、B1ともB3ともまたバスケットボールの質が違うと見ていて感じる。危機感もあり楽しみもある」と頼もしいキャプテンは既に前を向いていた。
#22近藤崚太は、昨シーズン所属チームが無かった。当時、その翌シーズンに優勝メンバーの一員としてB2昇格を祝っているとは予想もできなかっただろう。記者会見でそのことを問われ「1年前の今頃はもうバスケットボールをやめようかと思っていた」と声を震わせていた。「頑張っていればいいことは必ずあるし諦めないでよかった。拾ってくれた岩下英樹代表取締役社長と伊藤GM兼HC、受け入れてくれたチームに感謝している」と涙を流す姿がとても印象に残った。この思いを胸に、そしてバスケットボールができる喜びを感じながら、近藤がより飛躍することを期待したい。
さらに長崎市内の浜町アーケードでは優勝パレードが行われた。設立初年度のクラブなのかと驚くほど多くのファンが駆けつけ選手たちに手を振り優勝を祝った。出発式には田上富久市長が参加し、パレードは長崎県立長崎南高等学校の吹奏楽部員が先導をしていた。
パレードに訪れていたファンの方に話を聞いた。#1松本健児リオンの激しいディフェンスに魅了されたという長嶋順一さんは「コロナ禍でまさか優勝パレードまで見せていただけるとは。ヴェルカのおかげで繋がった仲間と目一杯楽しめた」と興奮気味に語った。
長嶋さんは長崎にバスケットボールチームが誕生するまで「バスケ観戦に興味がなかった。実はあんなに有名な選手なのに」と前置きした上で狩俣も#34ジェフ・ギブスのことも知らなかったことを教えてくれた。今ではすっかり「ホーム戦2日のうち必ず1戦は観戦に行き、仕事が許せば両日とも観戦に行く」までになった。「気が付けばホーム戦全てに参戦していた」という。
また石村真奈さんは、「優勝の瞬間は手放しで嬉しかった。あの多幸感はなかなか味わえるものではなく、特別な瞬間。大好きなチームで駆け抜けた初年度シーズンが優勝という成果になり、この先も残ることは本当に嬉しいこと。そこに立ち会うことができて幸せでもあり、チームの笑顔が見られたことが一番嬉しかった」とファミリーの1人として喜びを噛み締めていた。
さらにパレードを見ながら「体育館の中で見る選手チアスタッフの方たちが街の中心地を賑わす姿はなんだかグッとくるものがあった。 長崎にプロバスケットボールチームがあること、プロチアリーダーがいること」を改めて実感していた。「B1に上がる時は、沿道を歩いていた方も、お店の中の方も皆加わって、まっすぐ歩けない程多くのセレブレーションの中を歩いてもらいたい」とファンも来シーズンに向けて気合十分だ。
balltrip MAGAZINEでは今シーズン長崎を追い続けた。ファインダー越しにチームや選手の成長を見つめるだけでない。そこには日に日に変わり続けるファンの姿も写し出されていた。ホーム開幕戦は最終節と同じ会場だった。あの時、バスケットボールの試合を観るために、長崎に誕生したバスケットボールチームを見るために人々が集まっていた。
そこからシーズンを経て迎えた最終節。明らかに何かが違った。日々増えたファンの数。それだけではない。そこにはファンに手を振り挨拶をする選手たちに会場に詰めかけた全員が手を振り返していた。力一杯手を振り応える姿、中には涙を浮かべる姿、クラブや選手と心を通わせるファンの姿が写っていた。
今シーズンは圧倒的な強さを誇りB3リーグを戦い抜いた。来シーズンはB2でどんな戦いを見せてくれるのだろうか。長嶋さんは「正直、B2では接戦になることが増えるかと思う。全員怪我なくB1へ昇格してほしい。『2024年=新スタジアム完成&B1昇格』目指して頑張って」とさらに高みを目指すチームへエールを送っていた。また石村さんが「苦しんで勝つと嬉しさは何倍にもなるという感覚は今シーズン知った楽しみ。どんな時も楽しみ苦しみ一緒に戦っていけたら」と語るように、来シーズンも共に戦うファンが既にいる。
バスケットボールで長崎を盛り上げる、その第一歩は間違いなくしっかりと踏み出した。着実に老若男女問わず長崎という地に根付き始めている。ファンの声を聞き、ファンの姿を見れば、すでに市民に愛されるクラブとなったことが伝わってくる。
まだ契約選手が1人しかいない頃からこのチームを取材し追いかけ、balltripMAGAZINEメンバーもチームや選手の成長を嬉しく見つめてきた。だからこそ、選手の成長やチームの進化が嬉しく、新たなステージの挑戦とこの先が気になる。来シーズンは今シーズン以上に注目もされ期待値も上がるだろう。初シーズンで得た経験と手応えを新たな武器に、さらに良いプレッシャーの中突き進んで欲しい。長崎ヴェルカが描く物語の続きを楽しみにしよう。